【コーヒーの歴史】コーヒー発見から日本で飲まれるようになるまでを解説

コーヒーの歴史は?発見から日本で飲まれるようになるまでを解説

今では当たり前のように世界中で飲まれているコーヒーですが、よくよく考えてみると、あんな真っ黒な飲み物を最初に飲んだ人って誰だか気になりませんか?

このページでは、コーヒーが誕生するまでの歴史、世界や日本でどのようにして広がっていったのかなどを解説します。

コーヒーの歴史

コーヒーの歴史

コーヒーの原産はアカネ科の常緑樹で、熟すとさくらんぼのような赤い実をつけます。

その赤い実を乾燥させ、さらに焙煎することで、皆がよく目にする黒いコーヒー豆になります。

コーヒーの赤い実がどういう経緯で黒い豆になり、飲み物として飲まれるようになったのか、コーヒーの歴史をご紹介します。

コーヒーはどうやって発見された?

コーヒーはどうやって発見されたのか?結論をいうと、コーヒーがいつどこで見つかったかは正確には分かっていません。

ですが、コーヒー発見にはいくつかの逸話があり、ここでは有力な2つの説をご紹介します。

シーク・オマールの伝説(アラビア起源説)

昔、モカという港町(現在のイエメン)に、シーク・オマールという修道院がいました。

あるときオマールは、不祥事(王女に恋心を抱いた疑い)により、モカの町を追放されて砂漠に追いやられてしまいました。

何日か砂漠をさまよったオマールは、美しい羽根を持った小鳥に導かれ、木に実る不思議な赤い実を見つけました。

わずかな水しか持ち合わせられなかったオマールは、その赤い実を食べてみましたが、苦くてとても食べられるものではありませんでした。

今度は火であぶってみたり、水に浸してみましたが、相変わらず実は硬いままでした。

そこで、オマールはせめて実から出た養分を吸収しようと、その水を飲んでみることにしました。

すると、驚いたことに、砂漠をさまよって疲れ果てていたオマールの無力感が和らぎ、気分が爽やかになったそうです。

その後、オマールの見つけたこの不思議な飲み物の噂は町へ伝わり、オマールは町へ戻ることを許されました。

MEMO
原典は、アブドゥル・カーディル・アル=ジャジーリーの著書『コーヒーの合理性の擁護』(1587年)写本で、千夜一夜物語をヨーロッパに紹介したアントワーヌ・ガランの著書『コーヒーの起源と伝播』(1699年)によってヨーロッパに紹介されました。

カルディの伝説(エチオピア起源説)

エチオピアがアビシニアと呼ばれていた6世紀頃、カルディという若いヤギ飼いの男がいました。

ある日、カルディは、自分のヤギが、興奮して飛び跳ねていることに気がつきました。

そこで調べてみると、牧草地に生えている低木に実る赤い実を食べたことが原因だと分かりました。

そこで自分も食べてみると、とても爽快な気分になります。カルディは山羊と一緒に毎日この赤い実を食べ、元気に楽しく働いていました。

その噂が修道僧に伝わりました。修道僧はその果実の効能を自ら試してみようと、火であぶって煮立てて飲んでみたところ、気分が驚くほど総会になったのです。

そこで、修道僧は夜の儀式中に居眠りをしている他の修道僧たちにも、その実を煎じて飲ませてみました。

すると、修道僧たちは居眠りもせずに、祈祷に励むことができたのです。

その話は王国全土に広がり、この飲み物を飲むようになったそうです。

MEMO
原典は、レバノンのキリスト教徒ファウスト・ナイロニ (Faustus Nairon) の著書『コーヒー論:その特質と効用』(1671年)に登場する「眠りを知らない修道院」のエピソード。

言うまでもなく、あの日本のコーヒーショップ「KALDI」の名前の由来ですね。